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2025/2/5

【環境負荷低減】明治大学農学部の島田友裕准教授とNTT、共世界初、土壌中における微生物の長期生存をコントロールする基盤技術確立

<発表のポイント>
・環境への負荷低減に資する、土壌中における微生物の長期生存をコントロールする基盤技術を確立した。
・生存性をコントロールする方法として、単一の細菌(大腸菌)における全転写因子注1を対象とし、土壌中での細菌の長期生存に必要な遺伝子を包括的に特定した。
・本技術を基盤とし、土壌中の微生物の生存性を改変することで、土壌から排出される温室効果ガスの削減や、物質循環の最適化による化学肥料の使用量削減など、環境への負荷低減に資する技術への活用が期待される。

概要
 明治大学農学部の島田友裕准教授と日本電信電話(NTT)の共同研究グループは、土壌中における微生物の生存性を決定付ける遺伝子の特定を目的に、大腸菌注2をモデル微生物として用いて、世界で初めて土壌中における長期生存性に寄与する複数の遺伝子を特定することに成功した。この成果は、土壌中から排出される温室効果ガスの削減や、土壌中の物質循環を最適化することで化学肥料の使用を減少させるなど、環境への負荷を低減する基盤技術として期待される。
 この成果は、2025年2月4日に英科学誌 Scientific Reports に掲載された。

背景
 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書(2021年)注3によると、「人間の影響が大気、海洋および陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」とされており、温暖化対策が急務になっている。温室効果ガスの1つとして考えられている二酸化炭素(CO2)の排出は、土壌を含む陸地からの排出が人間活動による排出の約12倍高いことが報告されている(図1)。また、CO2よりも約290倍注4温室効果がある亜酸化窒素(N2O)は、化学肥料の過剰な土壌への添加と土壌中の微生物の活動によって生成される(図2)。さらに、植物に吸収されなかった窒素などの栄養は、河川などの外環境に流出することで生態系にダメージを与え、環境への負荷となる。したがって、土壌中における微生物の活動を適切にコントロールし、環境負荷を低減する技術が求められている。
 これまで、土壌に含まれる微生物の活動をコントロールする主な方法は、土壌の硬さ、保水性、通気性といった物理的な性質や、土壌のpHや養分の種類・量などの化学的な性質を変化させることによって行われてきた。しかし、これらの方法では、土壌中に多様に存在する微生物叢全体の量を変化させることはできても、任意の微生物種毎に量を増減させることができないという課題があった。例えば、N2Oを変換する微生物を増加させようとしても、その特定の微生物種のみを増加させることができず、陸地からの温室効果ガスの排出量をより効果的に低減させることが困難であった。
 そこで、土壌中で微生物の生存性を決定する遺伝子を特定し、特定の微生物種の生存性を個別にコントロールできる技術の開発が求められるようになった。この考えのもと、NTTと明治大学は、大腸菌をモデル微生物として用い、その遺伝子を特定する共同研究を進めてきた。

図1  地球上における二酸化炭素循環
図2 土壌中の微生物による窒素化合物の変換の概要
 土壌中の微生物により、アンモニア態窒素から硝酸態窒素、硝酸態窒素から窒素、亜酸化窒素(N2O)から窒素への変換が行われる

技術のポイントと実験概要
(1)土壌中における大腸菌の生存性を測定する手法
 土壌中において、微生物の長期的な生存性に関わる遺伝子の情報はほとんどない。そこで、遺伝子の解析が最も進んでおり、各遺伝子の機能に関する知見が蓄積されているモデル微生物である大腸菌を用いた。
 まず、大腸菌を用いた土壌中での長期生存性を評価するための測定手法の確立を行った。大腸菌の細胞約2000万個を1gの土と混合し、25℃、湿度60%に保つ恒温恒湿器に設置。土壌中の生存細胞数を測定する一般的な方法は、PCR法注5を用いてゲノムDNAの量を定量化すること。しかし、この方法では生きている細胞と死んでいる細胞を区別できない。そのため、研究では、寒天プレート注6上で生きている細胞が形成するコロニー注7を数えることで、真に生存している細胞数を恒温恒湿器に設置後、0日、3日、7日、21日、および42日に測定した(図3A)。
 その結果、0日目の生存を100%とすると、7.4%(3日目)、4.3%(7日目)、1.1%(21日目)、および0.27%(42日目)であることが分かった(図3B)。

図3 土壌中における大腸菌の生存率を測定する実験系(A)と、土壌中における大腸菌野生株の生存率の遷移(B)

(2)土壌中の微生物の生存性に関与する新規遺伝子の特定
 次に、確立した生存性を測定する手法を用い、大腸菌における土壌中の生存性に関わる遺伝子の特定を試みた。この特定において、大腸菌が有する全約300個の転写因子に着目した。ゲノム上にある遺伝子の発現注8は、これら転写因子によって調節されるため、ゲノム上にある全ての遺伝子(大腸菌の場合約4400個)を解析することなく目的を達成できると考えた。また、転写因子は環境変化に応じて働き、役割に応じて複数の遺伝子を制御するネットワークを形成している。そのため、土壌中の長期生存のために微生物が感知するシグナル因子注9を解明するため、また、長期生存するための遺伝子機能を網羅的に明らかにするためにも有効な手段と考えした。
 各転写因子と土壌中の生存性の関係は、各転写因子遺伝子が欠損している大腸菌を用いて調査した。これらの生存性を野生株と比較することで、欠損した株で生存性が向上すればその転写因子は生存性に対して負に、逆に生存性が低下すれば正に機能していると言える。全294個の欠損株を解析した結果、転写因子を欠損させることで生存性が向上した株を4株、逆に低下した株を10株特定することに成功した。このうちRpoSについては、以前の研究において、土壌中の長期生存性に影響を与える転写制御因子として唯一同定されていた。つまり、その他の13個の遺伝子については、土壌中での長期生存性に関与することが初めて明らかになった。

図4 大腸菌の土壌中生存率に大きな影響を与えた転写因子の実験結果例。
(A)欠損させることで生存率が向上、(B)欠損させることで生存率が低下

(3)特定した遺伝子の微生物における機能
 先に記述した通り、大腸菌はモデル微生物として、各遺伝子の機能に関する知見が蓄積されている。それらの先行研究の情報を元に、本研究で特定した転写因子の微生物における機能をまとめた。赤字は欠損させることで生存性が向上した転写因子を示し、青字は低下した転写因子を示している。これらの転写因子は、定常期注10ストレス注11(緑)、窒素源代謝注12(黄)、炭素源代謝注13(橙)、および浸透圧注14ストレス(青)に関わるものが含まれていた。これらのことから、微生物は土壌中で長期生存するために、定常期や浸透圧のストレス適応、さらに炭素源や窒素源の代謝に関わる遺伝子群を利用していることが分かった。また、本研究の解析から、これらの転写因子は微生物種間における保存性が高く、微生物にとって普遍的な機能であることも合わせて分かった。以上のように、これまでの実験室での液体培地を用いた短期的な解析では明らかになっていなかった、土壌中での長期生存に関わる転写因子の特定とその機能を、本研究において初めて解明したと言える。

図5 特定した遺伝子の微生物における機能分類

役割
 NTT:藻類など、光合成を行う微生物における遺伝子の調節機構を明らかにする知見とその利用法を活用し、研究立案や大腸菌の遺伝子の機能解析を明らかにした。
 明治大学:大腸菌の転写制御機構および転写制御因子に関する知見を活用し、土壌中における大腸菌の生存性を測定する実験系を確立した。それに基づいて、土壌中の大腸菌の生存性試験を実施し、土壌中の微生物の生存性に関与する新規遺伝子を特定した。

今後の展開
 本研究は、単一の細菌(大腸菌)における全転写因子を対象とし、土壌中での細菌の長期生存に必要な遺伝子を包括的に特定した初めての研究。特定した遺伝子は転写因子であるため、これらの転写因子が調節する遺伝子をさらに解析することで、土壌中での長期生存に関わる分子機構をより詳細に解明することができる。また、転写因子は栄養などの環境シグナルを受けて機能が変化することが知られているため、そのシグナルを特定して利用することで、遺伝子の発現を介した生存性のコントロールが可能になる。これらの課題をモデル生物である大腸菌にとどまらず、土壌中の物質循環を担う微生物にも適用することで、温室効果ガスの削減、過剰な窒素源の環境への流出量削減や、化学肥料の使用量減少を通じた環境負荷の低減が期待される。例えば、硝酸から窒素、N2Oから窒素へ変換する微生物の土壌中の生存性を高めることで、N2O排出量の減少や過剰な窒素源の環境への流出量の減少が実現可能になると考えられる(図6)。土壌中の物質循環は、多様な微生物の機能で成り立っているため、本基盤技術を適用する際には、土壌中の生物多様性を適切に維持することが重要となる。そのため、土壌中の循環系を評価しながら、研究開発を進めていく。

図6 本基盤技術を活用した今後の展開の一例

<発表者・研究者等情報>
 明治大学 農学部農芸化学科 島田友裕准教授
 NTT 宇宙環境エネルギー研究所 今村壮輔上席特別研究員

<用語解説>
注1 転写因子
 DNAに特異的に結合するタンパク質で、特定の遺伝子の転写(DNAからRNAに変換されるステップ)を促進、あるいは抑制することで調節する。
注2 大腸菌
 腸内細菌の一種で、環境中に存在する細菌の主要な種の1つ。ヒトの場合は大腸に生息する。
注3 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書
 https://www.env.go.jp/earth/ipcc/6th/index.html
注4 290倍
 各ガス1kgの排出が、その後の一定期間(この場合100年間)に地球温暖化に与える効果の累積を二酸化炭素の場合と比較した場合(環境省 https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h03/7824.htmlより抜粋)。
注5 PCR法
 PCRはPolymerase Chain Reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)の略で、特定のDNA断片を効率的に増幅する技術。
注6 寒天プレート
 寒天を用いて固めた培地で、微生物の培養や観察に利用される。
注7 コロニー
 寒天プレート上で単一の細胞から増殖して形成された微生物の集まり。大腸菌の場合、寒天プレート上に数mm程度の円形のコロニーを形成する。
注8 遺伝子の発現
 DNAの情報が転写(DNAからRNAに変換されるステップ)や翻訳(RNAを元にタンパク質が合成されるステップ)を通じて機能的なタンパク質に変換される過程を指す。
注9 シグナル因子
 細胞間や細胞内の情報伝達を担う分子で、遺伝子の発現などを調節する。
注10 定常期
 細胞培養や微生物の増殖において、細胞数の増加がほぼ止まり、成長が一定の状態で安定する時期を指す。
注11 ストレス
 ここでは、生育環境に適した環境から逸脱した際に細胞にかかる負荷のことを指す。例えば、定常期ストレスの場合、細胞が増殖している状態ではかからない負荷が、定常期に特異的にかかることを意味する。
注12 窒素源代謝
 生物が環境から窒素源(アンモニア、硝酸塩、アミノ酸など)を取り込み、それを利用して体内で必要とされる窒素含有分子(タンパク質、核酸など)に変換する一連の代謝過程を指す。
注13 炭素源代謝
 生物が環境から炭素源(炭水化物、脂肪、タンパク質など)を取り込み、それを利用してエネルギーや生物に必要な有機分子(糖、脂質、アミノ酸など)に変換する一連の代謝過程を指す。
注14 浸透圧
 水が薄い方の溶液から濃い方の溶液へ移動する力。これは細胞の周りや内部で水分がどのように動くかに影響し、生き物が適切な水分バランスを保つための仕組み。

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