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2024/5/28
【高性能磁石】産業技術総合研究所、開発に役立つ材料データプラットフォームの運用開始。世界最大規模の希土類磁性材料データベースと人工知能を利用した設計で材料開発加速
産業技術総合研究所 機能材料コンピュテーショナルデザイン研究センター(CD-FMat)の深澤太郎研究員らは、高性能磁石の開発を加速させるため、磁性材料データベースとデータ駆動型材料設計解析ツールを備えた「磁性材料データプラットフォーム」を開発し、その運用を開始した。
今回公開するデータプラットフォームには次世代高性能磁石として期待されるThMn12型磁石化合物*1に関する7260件の磁気物性データを収録している。これらは、CD-FMatがもつ高度なシミュレーション技術を活用することで、従来の商用・汎用のプログラムでは計算が難しい希土類*2を含む磁性材料や、それを構成する元素の一部を置換した場合の効果も含めて創出したデータである。
最近10年ほどの間、大学・研究機関を中心に、AI・機械学習などの人工知能技術を活用する材料探索のための手法(MI:マテリアルズ・インフォマティクス)の研究が精力的に行われてきた。この新しい分野においては、人工知能技術そのものの開発だけでなく、学習に十分な量のデータを確保し、データ解析に適した形で整理する材料データベースの構築が重要。このようなデータベースは、人工知能技術の適用に必要なさまざまなデータ解析手法が発展しても柔軟に用いることができる汎用性を持つ。今回開発した磁性材料データプラットフォームではこの点を重視し、データに機械学習に適した構造を持たせる設計を行った。これにより、各種の解析ツールを用いたデータ解析・処理を容易に行うことができる。
本データプラットフォームは、CD-FMatが運用する、データ駆動型材料設計技術の利用のためのプラットフォームであるAIST Materials GateⓇ*3を通して運用される。本プラットフォームは、高性能磁石の開発の加速など、カーボンニュートラル社会の実現への貢献が期待される。
※AIST Materials Gateは、産業技術総合研究所の登録商標。
開発の社会的背景
材料の性能は製品性能や製造コストに多大な影響を与える。今回のデータプラットフォームで取り上げる磁石に限らず、蓄電池、太陽電池などカーボンニュートラル社会実現に必要な技術においても、その傾向は顕著である。材料性能の向上は産業の国際競争力強化にもつながる重要な課題だが、これまでの研究者の勘と経験に頼った材料開発は膨大な時間、高い人的コストなどを必要とするため、優れた材料設計技術の確立が強く求められている。そのため、情報科学の手法により材料開発を高効率化するMIが、過去10年間に急速に発展してきた。産業競争力を高め、カーボンニュートラル社会実現の先端を切り拓くため、MIに必要なデータ創出、データベースなどを利用したデータ管理、AI・機械学習を利用した解析を組み合わせたデータ駆動型材料設計技術を確立して強化していくことが急務といえる。
研究の経緯
産総研では18社の企業からなる技術研究組合と協力してNEDO超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト*4を実施し、2016年度〜2022年度の間、データ駆動型材料設計技術の開発に努めてきた。このプロジェクトでは、機能性化学品の開発期間を20分の1とすることを目標に、参画企業と協力して目標の達成に必要な基盤技術を開発した。その成果として、プロジェクト研究で得られた材料データを集約した「AIST Materials Gate データプラットフォーム」を構築した。これには、光機能性微粒子、配線/半導体材料、電子部品材料、機能性高分子、触媒に関する5つのデータプラットフォーム群が含まれている。現在、CD-FMatが中心となり、データの増強、計算シミュレーターなどのデータ創出技術の開発、AIを用いたデータ解析技術の開発を含む、さらなる開発・高度化を進めている。今回、上記のプラットフォーム群に加えて、磁性材料データプラットフォームの運用を開始した。このデータプラットフォームは、これまでCD-FMatにおいて第一原理計算シミュレーション*5により創出した磁石化合物に関する材料データを典型例として取り上げつつ、幅広い磁性材料に対応できるように設計したものである。
研究の内容
データ駆動型の材料設計に利用するためのデータプラットフォームの構築においては、材料データをAI・機械学習に利用しやすい形へと構造化することも重要。磁性材料データプラットフォームは学術論文に発表されたデータ群を利用しやすい形で収録し、インフォマティクス・データ解析手法に基づくツール群と連携して用いられるように統合したシステム。その鍵は、現実の材料データ間の関係性の取り扱い。材料データは複雑で、必ずしも材料と材料データが一対一に対応するわけではない。例えば同じ材料であっても、実験のやり方や理論計算の方法によっては違うデータが出る場合も少なくない。また、ある性質をもつ材料を探したいとき、該当する物質は必ずしも1つではない。そのような一対多、多対多の関係性をうまく扱うための一般的な方法として、リレーショナルデータベース*6とその設計理論がよく知られている。このような設計には材料データの関係性を正確に把握する材料分野の知見と、その関係性を適切に表現する設計理論の知見の両方が必要となる。CD-FMatではこれまでのデータプラットフォーム開発で培ったノウハウを発展させ、磁性材料でとくに重要となる磁気物性量に関するデータを適切に表現する設計を行った。これにより標準的なデータベースソフトウェアによって複雑な関係性をもつデータを容易に抽出できるようになる。結果として、元データを直接扱うのに比べてAI・機械学習への利用も容易となる。また、データの取り扱いが標準化されることで、解析ツールを異なるデータに適用することが容易となり、これを通して材料開発の効率も上がる。
本データプラットフォームは、風力発電や電気自動車等の分野で現在主流となっているネオジム磁石の主成分を超える高特性を示し、次世代磁性材料の候補として着目されているThMn12型磁石化合物に関するデータを収録している。これらの磁石化合物のデータは、第一原理計算シミュレーション手法を用いて創出された。一般に、希土類元素を含む材料や、さらに構成する元素の一部を置換した材料の第一原理計算シミュレーションは困難とされている。今回行ったシミュレーションは、電子の間に強い相関のある状態や膨大な数の原子配置での平均的な性質を効率よく計算できるよう工夫されたものであり、これらの材料を網羅的に機械学習させるのに適したデータを創出できる。このような第一原理計算シミュレーション手法を用いることで、さまざまな元素を置換した磁性材料を対象として、磁化、強磁性転移温度、超微細場などの高性能磁性材料開発に重要な磁気物性データの創出に成功した。
今後の予定
今回構築した磁性材料データプラットフォームは、データ駆動型材料設計技術利用推進コンソーシアム*7を対象として先行的に公開し、今後公開対象を広げていく予定。データプラットフォームを公開することでユーザーからのフィードバックを得て、ユーザーニーズに沿ったデータ数やデータ項目の増量、解析ツール群の充実などの更新を継続的に行う。将来的には、データの出所経緯に応じたオープン/クローズ戦略を採用し、他のプラットフォームとの融合的な利用を推進することにより、データ利用の裾野を拡大する。クローズドな産業材料データに関しても秘匿共用技術*8の導入などによりデータの拡充を図り、さまざまなデータ利用のニーズに応えることが可能なデータプラットフォームへと発展させていく予定。
*1 ThMn12型磁石化合物
ThMn12型構造を持つ化合物。永久磁石の主な成分として磁化を担うことを期待されているため磁石化合物と呼ばれる。1980年代に発見されたが、2010年代にそれまでの磁石化合物を超える可能性のある候補としてNdFe12等が理論的に提案され再注目された。
*2 希土類
希土類元素。スカンジウム、イットリウムの他、原子番号57から71のランタノイドと呼ばれる元素のグループからなる性質のよく似た元素を総称的に呼ぶもの。
*3 AIST Materials Gate データプラットフォーム
産総研が開発・運営する材料開発のためのデータ蓄積・管理・解析基盤システム。大量のデータを蓄積する「データリポジトリ」、データのセキュリティを確保する「データ管理基盤」、データの解析を行う「解析ツール群」からなる。
*4 超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト
2016年から2022年の間実施されたNEDOプロジェクトで、「経験と勘」による非効率な材料開発プロセスを刷新する、革新的な材料開発の技術基盤を構築するべく進められた。
*5 第一原理計算シミュレーション
量子力学に基づき物質の性質を予言するシミュレーション手法のうち、素粒子の間に働く相互作用をもっとも原理的な理論に基づいて取り入れ計算しようとするもの。ここではとくに電子の性質に注目し、電子どうし、原子核どうし、電子と原子核の相互作用を近似的に取り入れて計算を行う第一原理電子状態計算のことをいう。
*6 リレーショナルデータベース
リレーショナルデータモデルに基づくデータベース。リレーショナルデータモデルとは、エドガー・F・コッドにより提案されたデータ間の関係を表現するための数学的な形式である。リレーショナルデータベースへの問い合わせ言語としてSQLが策定され広く用いられるなど、標準的なデータベースモデルとして広く用いられる。
*7 データ駆動型材料設計技術利用推進コンソーシアム
NEDO「超先端材料超高速開発基盤技術プロジェクト」の成果を生かし、材料開発の飛躍的なスピードアップと、「経験と勘」に依存した材料開発からデータに基づく材料開発への変革を目指して設立されたコンソーシアム。2024年4月現在、32社7機関と個人の会員から構成されている。
*8 秘匿共用技術
他者のデータの中身を隠したまま、そのデータを利用するための技術。秘匿計算などにより、データを共有しないが共用することが可能になる。
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