市場探索では、やみくもに業界レポートをかき集めたり、無目的に展示会等の技術フェアに参加したりすることから始めるのではなく、特許・論文や学会で公開されている研究資料などの膨大な技術情報をグローバルに集めてビッグデータ解析にかけ、類似のフィルム技術を保有する企業が目指している価値提供先をテキストベースで探索することにした。 この取り組みにより、基板材料の基礎的な特性である誘電率や熱特性のほかに、周波数特性や伸縮性などのニーズとともに、医療/ヘルスケア分野での最先端のデバイスにおける課題も明らかとなり、B社が提供しうる新たな付加価値の可能性が発見できた。そこで、医療/ヘルスケア分野をパイロットに、どれほどの市場の広がりがあり、自社が勝ち筋を作れるポイントがどこにあるのか、サプライチェーンはどのような構造になっており、自社はどこでポジションを作れるのか等のビジネス視点での客観的な見極めをデータに基づいて行った。 その結果、研究開発で求められるキーリソースや準拠すべき規制・標準規格なども見えてきて、自社で基礎研究から取り組むべき領域と、他のパートナー企業の技術力で補完すべき領域が初期段階から明らかになり、新領域でも開発プロセスを企画・設計しながら着実に前進させる仕組みを整えることができた。早期に医療/ヘルスケア分野での新素材開発に着手できるようになり、攻めるべき顧客に先回りで技術営業を進めた結果、医療/ヘルスケア用デバイスの回路基板材料をほぼ独占状態で供給することに成功し、顧客との良好な関係で新製品の共創が実現できた。こうしてラットレースに巻き込まれない研究開発スタイルが定着しつつあるB社は、この「DX型の研究開発スタイル」を他分野でも応用し、現在、研究所では非常に勢いのある研究開発活動が展開されている。コンバーテック 2021. 121032.研究開発領域でDXを推進したB社 コンバーティング業界の多くの企業はBtoBのビジネスが多く、研究開発では顧客のオーダーに基づいた仕様の製品を粛々と開発することが要求されるケースが多い。事業立ち上げ初期こそ「研究」活動はしていたものの、事業が安定期に入って固定客がついてからは、もっぱら要求仕様に沿って既存製品を改善・改良する開発を行うばかりという企業も少なくないのではないだろうか。 しかし、このサイクルに入ってしまうと、その先に待っているのはビジネスのじり貧スパイラルである。顧客の要求はたいてい「品質は維持したまま、価格を下げてくれ」という要求に向かいがちであり、自社の競争力を磨き上げる余裕もないまま「ラットレース」、すなわち回し車の中でクルクル回るネズミのように走り続ける世界から抜け出せなくなってしまう。 そんな状況に危機感を覚え、「DXでサプライチェーンの川下の変化を“見える化”し、自社の競争力を根本から見直して、勝てる領域で研究開発を進めるスタイルに切り替えられないか」と相談を持ちかけてこられたのは、筆者のコンサルティング会社・テックコンシリエのクライアントである素材メーカーB社のCTOだ。B社は、エレクトロニクス分野で豊富な実績を持つ企業で、誘電率や熱特性などの優れた物理的特性を武器に、基板材料のサプライヤーとして一定のシェアを確保してきた。ここ数十年は、情報通信機器の進展とともにビジネスを拡大してきたが、5G(第5世代移動通信システム)時代が訪れ、数年後には6G機器の需要も見込めることから、顧客が途絶えないことは明らかだった。 ただ、それだけ先が見通しやすい業界では、市場の萎縮リスクが少ない分だけ開発投資の意思決定ができるため、素材メーカー各社の開発競争も激化しやすい傾向にあった。その結果、競合が代わる代わる御用聞きのように試作品を持って“顧客詣”をしている状態になっていた。顧客側もサプライヤー各社に伝える要求が固定されてくるため、スペックが標準化されてくると、もはやサプライヤーは価格でしか争えなくなってくるのだ。 そこで、B社のCTOと筆者が膝詰めで作戦を立てたのは、研究開発のステージゲートを“データ駆動型”に切り替えることだった。決められた開発テーマを前進させるためのステージゲートは元からあったが、単に技術開発の進■をチェックするだけのものだった。そこで、現在の競合との競争領域、現在の顧客との取引市場だけを見るのではなく、自社製品の技術特性が活き得る業界・市場を中長期的な視点で幅広く探索し、データに基づいてサプライチェーンを“見える化”することで、開発テーマの事業性を見極めるステージゲート制度を大胆に再構築することにした。3.研究開発領域のDXの要諦 B社が研究開発に採用したアプローチは、当社が「データ駆動型研究開発」と呼び、すでに多くのクライアントの間で成果を実感いただいてきたアプローチである。以下にその要諦を説明したい。 データ駆動型研究開発の活動は、データから発見した新分野において、オーソライズされたテーマの研究開発の進■をタイムリーに把握しながら、スピード感をもって前に進めるカルチャーを根付かせたいと願う研究開発統括責任者の期待に応えるものである。開発の各段階で、開発テーマの収益性・実現性を見える化し、迅速で精度の高いGo/Stop判断を行うデータ駆動型のステージゲートを設定することで実装できる(図1)。 図1のように、開発テーマの事業性を、まず「収益性」と「実
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