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2024/6/10

【ナノファイバー】福岡工業大学と東京大学、多機能でサステナブルな積層型を開発

 福岡工業大学大学院工学研究科生命環境化学専攻の宮元展義准教授と東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻の加藤隆史教授の共同研究グループは、マイナス電荷を持つサイズの揃った極薄のシート状物質であるナノシートと、プラス電荷を持つ種々のカチオン物質を組み合わせ、これらを弱い引力で集合させる新しい手法により、サステナブルで多様な機能を持つ積層型ナノファイバーを開発した。

概要
 炭素繊維(カーボン)などに代表されるナノファイバー材料は、超高強度で軽量のプラスチック材料など、生活に直結する多くの機能素材を得るために利用されている。しかし、要求される複数の機能や特性を持つナノファイバーを自在に作り出すことは難しく、合成には多量のエネルギーが必要で、また分解やリサイクルが困難などの問題があった。今回開発した積層型ナノファイバーは、マイナス電荷を持つナノシートとプラス電荷を持つカチオン物質が数ナノメートル間隔で交互に積層して形成されている新しいタイプのもの。様々なナノシートとカチオン物質を組み合わせることができるため、多様な化学組成と機能を持つナノファイバー材料の合成が可能。また、積層型ナノファイバーが方向を揃えた状態(液晶状態)になることも見出されており、この特性を利用することで、生物の様な階層的な構造1)を持つ材料の合成も可能。さらに、積層型ナノファイバーは外部からの刺激や環境の変化によって形成させたり分解させたりできるため、リサイクルも容易で環境中で無害化させることも可能。
 この研究成果は米国科学振興協会(AAAS)の学術誌Science Advancesに、6月6日付で掲載された。
研究の背景
 様々な空間スケールで物質を組織化していくことは、生物が持つような「階層的な構造」を構築してその特別な機能を実現するための、物質化学の究極の目標。20世紀前半、原子を自在に結合させて1nm程度の大きさの様々な「分子」を合成する有機化学が発展して成功を収め、20世紀後半からは分子と分子をさらに結びつけて数十~数百nmのスケールの「超分子」を作り出す概念が発展してきた。本研究で目指したのは、分子よりも大きい「コロイド粒子2)」を構造単位として組織化していく「超コロイド化学」。 研究者等はこれまで極薄のシート状ナノ物質であるナノシートを構成単位とした「超コロイド材料」の開発に取り組んできたが、従来のナノシートは大きさや形が不揃いであるため、組織化して形成される構造の精密化や機能化には限界があった。また、ナノシートに限らず、コロイド粒子をナノファイバーのような細長い構造に組織化することは難しく、報告例もほとんどなかった。
研究の内容
 本研究では、マイナス電荷を持ち、大きさが精密に制御されたナノシートを合成し、溶液中でそれらの間に弱い引力を作用させるという新しい方法によって、ナノシートを細長いファイバー形状に組織化することに成功した。合成直後のナノシートは、カチオン物質であるテトラメチルアンモニウムとともに、水中に均一に分散した状態であった。この溶液を濃縮していくと、全く予想外の現象が起こった。すなわち、ナノシートが横方向を揃えながらカチオン物質と交互に積層し、積層型ナノファイバーが形成され始めた。さらに濃縮すると、積層型ナノファイバーが自発配向したカラムナーネマチック液晶(流動性がありつつ、良く並んでいる状態)となり、さらにナノファイバーが束になった積層型ナノファイバーバンドルとなった。逆に溶液を薄めると、元の組織化する前の状態に戻った。
 この様子は、透過型電子顕微鏡3)や小角X線散乱測定4)などによって、明らかにされた。透過型電子顕微鏡は文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業で東京大学に設置されている装置を利用した。合成直後のサンプルでは、菱形のナノシートが観察された(図1左)。濃縮したサンプルをクライオ型透過型電子顕微鏡(図1右)で観察すると、ナノシートが1.7nm間隔で積層して形成された長さ数十~数百nm、太さ十nmのファイバーが直接観察された。小角X線散乱法による観察でも、ナノシートが積層してファイバー形状になったことが示された。クロスニコル観察5)では、カラフルな干渉色を伴った模様が見えることから、積層型ナノファイバーが自発配向した液晶状態になっていることがわった(図2)。

図1 透過型電子顕微鏡によるナノシートおよび、それが集合した積層型ナノファイバーの観察像
図2 液晶状態の積層型ナノファイバー分散液のクロスニコル観察写真と模式図

 さらに、カチオン物質を元のテトラメチルアンモニウムから、他の物質に交換することにも成功し、これによってナノファイバーの特性や微構造を調整したり機能化したりできることが示された。実際に、小角X線散乱測定ではナノシートの積層間隔がカチオン物質のサイズに応じて変化することが明らかになっている(図3)。ルテニウムビピリジン錯体というカチオン物質を導入した場合、発光特性をもつ積層型ナノファイバーバンドルが形成され、蛍光顕微鏡によって観察することができた(図4)。

図3 小角X線散乱測定によって明らかにされた、様々なカチオン物質を導入した積層型ナノファイバー内部の積層間隔
図4 発光特性を持つ積層型ナノファイバーバンドルの蛍光顕微鏡観察像

 積層型ナノファイバーの形成メカニズムは、古典的な理論で説明ができる。合成直後の状態では、ナノシートのマイナス電荷に起因する斥力によって、ナノシートは均一に分散している。溶液を濃縮すると、高いイオン濃度の影響でこの斥力が遮蔽され、反対にナノシート間に弱い引力(ファンデルワールス力や静電引力)が作用するようになる。この引力によって、ナノシートが横の位置を揃えて積層したものと考えられた。
 このようなメカニズムが明らかになってきたので、他の方法でナノシート間に弱い引力を作用させても、積層型ナノファイバーやバンドルを形成できると予想された。そこで、ナノシートが水に分散した分散液にエタノールを加えていくと、ナノシート間の引力が増加し、長細いバンドルが形成した。カチオン物質としてテトラブチルアンモニウムを用いた系では、温度変化によってバンドルが形成・分解した(図5)。
今後の展望
 炭素繊維(カーボン)などに代表されるナノファイバー材料は、超高強度で軽量のプラスチック材料など、生活に直結する多くの機能素材を得るために利用されている。しかし、要求される複数の機能や特性を持つナノファイバーを自在に作り出すことは難しく、合成には多量のエネルギーが必要で、また分解やリサイクルが困難などの問題があった。今回開発した機能性ナノファイバーは、マイナス電荷を持つナノシートとプラス電荷をもつカチオン種が交互に積層して形成される。様々なナノシートとカチオンの組み合わせで形成できるため、多様な化学組成と機能を持つナノファイバー材料の合成が期待される。また、積層型ナノファイバーが方向を揃えた状態(液晶状態)になることも見出されており、この特性を利用することで、生物の様な階層的な構造を持つ材料の合成も可能。さらに、積層型ナノファイバーは外部からの刺激や環境の変化によって形成させたり分解させたりできるため、リサイクルも容易で環境中で無害化させることも可能。これらの特性から、積層型ナノファイバーは、サステナビリティを備えたフィルター、触媒、高強度プラスチックなどへの応用が期待される。
<論文情報>
 雑誌 Science Advances
 題名 Monodisperse nanosheet mesophases(単分散ナノシートのメゾフェーズ)
 著者 Nobuyoshi Miyamoto, Momoka Miyoshi, Riki Kato, Yuji Nakashima, Hiroyuki Iwano, and Takashi Kato
 DOI  https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adk6452
<著者情報>
 宮元展義(福岡工業大学工学部、福岡工業大学大学院工学研究科)
 三好桃佳(福岡工業大学大学院工学研究科)
 加藤利喜(東京大学大学院工学系研究科、福岡工業大学大学院工学研究科)
 中嶌裕二(福岡工業大学大学院工学研究科)
 岩野広幸(福岡工業大学大学院工学研究科)
 加藤隆史(東京大学大学院工学系研究科、信州大学先鋭材料研究所)
<研究助成>
 本研究の一部は、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(S1511036)、JSPS科研費新学術領域研究(JP19H05714, JP19H05715)、JSPS科研費若手研究(JP22K14562)、物質・デバイス領域共同研究拠点共同研究課題(JP20221131, JP20231320)、福岡工業大学エレクトロニクス研究所、積水化学「自然に学ぶものづくり」研究助成、住友財団研究助成、マツダ財団研究助成からの助成により行われた。
<用語解説>
1) 階層的な構造:小さな物質が集まって大きな集合体を形成し、その集合体がさらに集まって大きな集合体を形成する、ということを繰り返した場合に、各空間スケールで制御された構造を持つ物質となる。このような構造を階層的な構造と言う。例えば、人間の体も階層構造で、体は細胞が集まって構成され、細胞はタンパク質やDNAなどから構成され、それらはさらに炭素原子などから構成されている。
2) コロイド粒子:溶媒に分散した数nmから数μm程度の大きさの粒子。
3) 透過型電子顕微鏡:真空中のサンプルに電子ビームを照射し、その透過像を観察する顕微鏡。
4) 小角X線散乱測定:物質にX線を照射したときの散乱の様子を解析することによって、微粒子の形や構造を調べる測定法。
5) クロスニコル観察:2枚の直交した偏光板の間にサンプルを置いて観察する手法。液晶のサンプルをこのように観察した場合、様々な「干渉色」を伴った模様が観察される。

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