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2025/8/21
【培養肉】フードテック官民協議会 細胞農業WT、名称は「細胞性食品」に
培養細胞を原料とする食品のルール形成に努めるフードテック官民協議会 細胞農業ワーキングチーム(WT)*1は、2025年6月17日に開催した専門家会議の内容を踏まえ、「培養肉」等と称されてきた「培養細胞を原料とする食品カテゴリ」についての消費者等の一般社会に向けた発信において、「細胞性食品」という名称を基本とする方針を策定した。
この方針は、社会的に使用実績を有する「培養」「細胞培養」「細胞性」のうち、関係者間にて可能な限り単一の名称使用を心がけることで、業界全体の信頼性向上やメディア・消費者の混乱の軽減を測る観点から策定した。検討にあたっては、外部有識者の意見も踏まえつつ事務局で案を整理し、その後1カ月以上にわたりWTメンバーから広く意見を募り、反映を行った。意見募集の結果、反対意見がないことを確認したうえで、同方針を公表するに至った。外部有識者としては、同食品の開発に従事する企業や研究者のほか、食品製造、流通・小売、食品安全、消費者団体の関係者や本領域に精通している有識者など、多様なステークホルダーに参加いただいた。また、従来食品との混同リスクの回避や、生産に培養工程を含む既存産業への配慮など、後続の様々な観点が検討された。
なお、この方針は、製品の上市が行われていない現時点において、企業や研究者による自主的な社会での認知促進・理解形成のための名称の整備を目的としている。行政による制度検討とは適切に役割を分けつつ、今後の議論にも貢献していく。
■名称方針策定の背景と経緯
現在、当該分野において「培養」「細胞培養」「細胞性」といった様々な冠名称が使用されており、消費者等に混乱を生じさせる可能性がある。
そこで、社会的に使用実績を有する「培養」「細胞培養」「細胞性」のうち、関係者間にて可能な限り単一の名称使用を心がけることで、業界全体の信頼性向上やメディア・消費者の混乱の回避を目指すとの観点から、WT事務局から専門家へアドバイスを求める検討会を2025年6月17日に設置。検討会の開催準備にあたっては、既存の消費者調査に係る分析、消費者調査の実施、専門家の招集(17名)*2、うち14名との事前会議を実施。また招集した専門家には、開発者のみならず、将来的に対消費者とのコミュニケーションを担う食品や小売企業を招集した他、食品産業や消費者に詳しい専門家にも同席いただいた。検討会後に方針を策定し、細胞農業WT会員へのコメント収集期間を設け、この度、検討結果につき発表するに至った。
■方針策定において重視した観点
名称方針においては、科学者から見た分かりやすさだけでなく、日本の消費者とのコミュニケーションの円滑化や、国内の食産業全体のステークホルダーにとっての納得感、国際的な整合性や、先行研究の分析といった複数の観点から総合的な検討を行った。初期の議論では、技術の特徴を簡潔に示すという意味で、開発者や科学者の視点が重視される場面もあった。しかし、一般報道に関わる名称についての議論を行うにあたっては、食産業や消費者に近い立場の方々を含む幅広いステークホルダーの協力も得て進めた。
加えて、使用する具体的な名称案については、従来の食品との混同や、味・香り・食感等の品質や生産技術に対する誤解を招かないことを重視した評価がなされた。たとえば、養殖魚や、培養手法を用いてきた伝統的な発酵等の食品との混同を避けるような名称を優先すべきという意見があった。また、「味や香り、食感が従来の食品とまったく同じである」といった期待を抱かせる名称の使用は、消費者や他産業との信頼関係構築の障害になり得るとの懸念が挙がった。
更に、当該食品が従来の食品と異なるものであるという点や、美味しさや利便性など当該食品ならではの付加価値を感じてもらうような名称の設定が望ましいとの議論もあった。一方で、当該食品の付加価値については、今後の開発の進捗や消費者の手に食品が渡っていく中で、一層明らかになる内容が多々あると想定される。
上記のような議論を踏まえて、「細胞性」が製品の上市が行われていない現時点においては最も適切な名称であると判断された。なお、議論においては、細胞性に限らず“cell-based”を起点とし日本語化した表現を支持する声もあった(カタカナ表記等)。
■「細胞性(食品名称)」の支持理由
特に、以下のような理由から、当該名称についての支持が集った。
•従来食品との混同リスクの低減
消費者が他の食品と混同する形で、希望せず当該食品を摂取してしまうリスクが指摘された名称の使用は避けるべきであるとの見解に至った。NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成事業の再委託により実施された消費者調査(2024)によると、「細胞培養」や「培養」という名称が使用される場合、従来の食品(養殖魚)と混同される傾向が、「細胞性」と比較して約19~25%ほど高い点が背景として挙げられた。
•製品特性を重視した表現の適切性
消費者は製造技術そのものよりも、実際に手にする製品の性質に関心があるという指摘があった。「培養」「細胞培養」「細胞性」といった名称は、いずれも技術に基づいた名称だが、中でも「細胞性」は、「培養された細胞を原料として使用した(加工)食品である」という、製品の実態に即した説明に近いと評価された。
•既存カテゴリとの接続の妥当性
日本では「プラントベース(植物性食品)」という名称が市民権を得ていることを踏まえ、それに対応する形で「細胞性食品」や“cell-based”を起点とし日本語化した表現(セルベース等)を採用することに対して、違和感がないとの意見が多く寄せられた。
•国際機関の採用する名称との整合性の確保
国際機関である世界保健機関(WHO)および国連食糧農業機関(FAO)が採用している“cell-based”という名称を、日本語として表現する際、「細胞性」という翻訳には一定の合理性があるとの評価があった。またWHOおよびFAOは、検討当時の学術界において最も多用されていた“cultured”について、従来食品との混同の可能性が指摘されたため、次席の“cell-based”を採用するに至った。
•政策文脈との親和性の維持
「細胞性」という表現は、これまでに農林水産省、経済産業省、内閣府などの関係省庁や、過去の首相答弁においても使用された実績がある。
■「培養」あるいは「細胞培養」の不支持の背景
一般報道や対消費者へのコミュニケーションに関わる場合、「培養」あるいは「細胞培養」の使用を避けたほうが良い背景として次が指摘された。
•新しい食品カテゴリであるとの消費者理解を促す名称の必要性
専門家会議では、短い名称だけで生産技術を正しく理解してもらうのは消費者にとって負担が大きく、必ずしも消費者フレンドリーではないという指摘があった。科学者にとって分かりやすい用語であっても、消費者に正確な理解を促すとは限らないという見解に基づく。そこで、消費者にはまず「新しい食品」であること、従来の食品とは異なることを名称から直感的に伝え、詳しい内容は別途説明文で補足するという方法が望ましいとの意見が示された。ただし、科学者間での専門的な会議などにおいては、その名称の意味について誤解される余地は少なく、引き続き技術ベースの名称の使用の妥当性があると考えられる。
•発酵食品等の伝統的な食品業界との混同を避けるため
細胞性食品分野における議論が、無関係な従来の発酵食品やキノコ類など、培養工程を含む伝統的な食品業界にも波及し、社会的混乱を招く可能性を指摘する声があった。
■「細胞性」という名称の使用に関する留意点
WT事務局による事前検討および消費者調査を通じて明らかになったのは、現時点で100%最適といえる名称は存在しないということであった。WTにおける議論では、最適解がない中でも、使用実績のある他の「培養」「細胞培養」と比較した場合、一般報道向けには「細胞性」を採用することが望ましいという見解に至った。一方で、使用にあたってはいくつかの留意点が存在する。一般向けのコミュニケーションにあたっては、名称のみに委ねるのではなく、それらの留意点を踏まえた丁寧な説明・補足の工夫が不可欠。
主な留意点とその対処方法の例については以下の通りである。
1.「細胞性」という言葉に対する認識のずれ
「細胞性」という言葉については、「細胞でできているあらゆる食品が含まれるように見えてしまう」という反論があり得る。ただその反論が「従来品との呼び分け効果」を懸念する観点に基づく場合、上述の消費者調査(2024)を踏まえると、「培養」や「細胞培養」のほうが、従来の生産方法と混同される傾向が存在する点にも留意が必要。消費者になじみのない技術を短い名称で伝える方法以外にも、まずは対象食品が「従来品と異なるもの」「知らないもの」という印象を与えることを名称では優先し、従来品との混同回避に務めたうえで、名称とセットでわかりやすい説明を検討することで、冒頭の懸念への対応が可能と考えられる。
2.細胞「性」の訳語への違和感と代替語の限界
“cell-based”の日本語訳として「細胞性」が最も短く、誤解が少ないと評価された一方で、「~性」という語尾に違和感を持つ声もある。「細胞由来」など他の訳語も検討されたが、逆に「細胞でできているあらゆる食品が含まれるように見えてしまう」という反論をより受けやすい印象となるという意見もあった。カタカナ表記(セルベース)や補助的な説明文と併用するなど、柔軟な対応が必要。
3.「意味がよくわからない」との初期印象の可能性
「細胞性」という語は、一般的な消費者にとって馴染みのない表現であり、初見では意味が伝わりにくいという意見が出る可能性がある。ただし、これは「新しい食品カテゴリ」であることを直感的に伝える効果があるとも解釈ができるため、従来食品との呼び分けという意味では必ずしも短所とは限らない。他方で、名称だけに依存せず、定義や特徴を伝えるための追加的コミュニケーション(説明文・図解など)を組み合わせることが極めて重要。
このように、「細胞性」という名称には一定の弱点や誤解のリスクも存在するが、それは他の選択肢においても同様。「細胞性」が現時点で最もバランスが取れている選択肢であるという前提のもと、名称単体でのコミュニケーションに甘んじるのではなく、周囲の情報設計と一体的に社会に伝える工夫を続ける姿勢が、今後の普及と受容には不可欠と考える。
■今後の取組方針
今後は、以下のような形で社会への説明・発信を行っていく。
•消費者の理解促進を目的とした「細胞性食品」の名称および説明、ビジュアル資料の開発
•(国内の上市について目途が立ち次第)販売事業者との連携による、
•ラベル/表示に係る自主ルールの検討と策定
•認証マークや規格化に係る検討
•(必要に応じて)より略称的な呼び方に係る追加的検討
*1 2025年8月12日時点で82名が参画
*2 開発者・スタートアップ(4名)、食品(3名)、小売(2名)、食肉産業(1名)、消費者団体関係者・食品表示の専門家(2名)、ジャーナリスト(2名)、国際NPO(1名)、食品安全の専門家(1名)、社会科学の専門家(1名)を招集した。
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