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2026/5/1
【多価金属電池正極材料】東北大学、ナノ酸化モリブデン正極材料を開発
【ポイント】
・堅牢な六角形トンネル構造をもつナノ酸化モリブデン正極材料(注1)を開発した。
・従来困難とされてきた室温でのカルシウムイオン(Ca2+)とマグネシウムイオン(Mg2+)の可逆的な挿入・脱離を実証した。
・開発した正極材料の充放電に伴う体積変化は2%未満であり、高い構造安定性を維持することを明らかにした。
・多価イオンの挿入・脱離に伴い内部の Mo–O 結合長が柔軟に変化することで体積変化が抑えられるユニークな反応機構を解明した。
【概要】
電動化社会の本格化およびサプライチェーンリスクの増大から、価格変動が少ないレアメタルフリー蓄電池の開発が盛んに行われている。中でも、多価金属電池は、豊富な元素資源性と安全性を基盤に、次世代の高エネルギー蓄電池として注目されている。一方で、実用化に向けては、正極材料の開発が大きな課題となっている。
東北大学多元物質科学研究所の飯村玲於奈 大学院生(研究当時:同大学院環境科学研究科、現:物質・材料研究機構 研究員)、北海道大学大学院理学研究院の小林弘明 准教授(現:東京大学大学院工学系研究科 准教授)らの研究チームは、次世代蓄電池の一つである多価(マグネシウム・カルシウム)金属電池における、新しい反応機構を用いる正極材料を開発した。
今回、研究チームは、内部にイオンが通りやすい経路を持ち、幾何学的に高い構造安定性を有するトンネル構造型酸化モリブデンに着目。そして、この材料をナノサイズ化することで、従来は困難とされてきた室温での多価イオンの可逆的な挿入・脱離を実現した。この材料は充放電を繰り返しても結晶全体の変形が非常に小さく、骨格構造を保ったまま内部の結合が柔軟に変化することで、イオンの挿入・脱離に応答していることを明らかにした。
この研究成果は、多価金属電池用正極材料の開発を加速度的に発展させる材料設計指針となるもので、2026年4月28日(現地時間)公開のAdvanced Energy Materials 誌に掲載された。
【研究の背景】
EV やポータブル電子機器の需要拡大および定置用蓄電池の普及に伴い、リチウム(Li)電池を中心とした二次電池需要は益々増大すると見込まれる。
一方で、現行の蓄電池にはコバルトやニッケルなどのレアメタルが用いられており、金属資源の枯渇や国際情勢に起因するサプライチェーンリスクが課題となっている。そのため、特定資源への依存を抑えた、持続可能で安定供給が可能な次世代蓄電池の開発が強く求められている。こうした背景から、地殻中に豊富に存在するカルシウム(Ca)やマグネシウム(Mg)をエネルギーキャリアとすることが注目されている。多価金属電池は、安価かつ安全性が高いことに加え、金属負極として用いることで高エネルギー密度化も期待できるため、次世代の高性能蓄電池候補と考えられている。しかし、CaやMgは二価のイオンとして電気を運ぶため、一価のLiイオンに比べて正極材料中を動きにくく、室温動作が困難であるという課題がある。特に、より高い電圧が期待できる酸化物正極では、多価イオンとの強い静電相互作用によって正極構造が大きく乱れやすく、室温で安定して充放電できる材料はこれまで報告されてこなかった。一部の硫化物正極では比較的良好な動作が報告されてきましたが、動作電圧が低く、より高いエネルギー密度を実現するうえでは限界があった。そのため、室温で安定に動作する高電位の酸化物正極材料の開発が、多価金属電池実現に向けた重要課題となっている。
【今回の取り組み】
研究チームは、多価金属電池用の酸化物正極材料として、内部に一次元のイオン輸送経路を有するトンネル構造型酸化モリブデンに着目した。Caイオンや Mg イオンのような二価イオンは、一般に酸化物中で動きにくく、挿入・脱離に伴って結晶構造が大きく崩れやすいことが知られている。これに対し、トンネル構造はイオンの通り道となる空間をあらかじめ備えており、二価イオンの受け入れと構造安定性の両立が期待される。
同研究では、トンネル構造型酸化モリブデンを合成し、粒子をナノサイズ化することで、正極材料としての反応性向上を図った。粒子の微細化により、イオンが材料内部を移動する距離が短縮され、室温における二価イオンの可逆な挿入・脱離に有利に働くと考えられる。合成した材料を正極に用いて評価した結果、Ca イオンおよび Mg イオンのいずれに対しても、室温で可逆に挿入・脱離できることが明らかになった。特に、充放電を繰り返した後も材料の体積変化は 2%以下と非常に小さく、結晶骨格を維持したまま反応が進行した。さらに詳細な結晶構造解析により、同材料は Mo の結晶骨格構造を保ちながら内部の Mo-O 結合が可逆的に伸縮することで、二価イオンの出し入れに応答していることが分かった。すなわち、堅牢な結晶構造の安定性を維持しつつ、局所的な柔軟な結合状態の応答によって多価イオンの脱挿入反応を受け止めるという新しい正極反応機構が働いていることを示したもの(図1)。
【今後の展開】
今回の成果は、多価金属電池用酸化物正極の材料設計において重要な指針を与えるもの。今回の研究では、ナノ粒子化によるイオン拡散距離の短縮を基盤に堅牢なトンネル構造によるイオン拡散経路の確保、さらに充放電に伴う柔軟な局所構造変化が室温で多価イオンを可逆に出し入れするために重要であることが示された。
今後は、この材料設計指針を、他元素を用いた酸化物材料にも展開することで、より高電位かつ高エネルギー密度を実現する多価金属電池用正極材料の開発が可能となる。こうした正極材料の開発が先導することで、次世代蓄電池の実現に向けた研究がさらに加速すると期待される。

【謝辞】
本研究は東北大学多元物質科学研究所の飯村玲於奈博士課程学生(当時)、大野真之准教授、本間格教授、北海道大学大学院理学研究院の小林弘明准教授(当時)、奈須滉助教、松井雅樹教授、物質・材料研究機構(NIMS)の万代俊彦主幹研究員、ビンガムトン大学のManuel Smeu准教授らの共同研究により得られたものです。
本研究は科研費 特別研究員奨励費(JP23KJ0214)、若手研究(JP23K13816)、公益財団法人軽金属奨学会(現:公益財団法人東洋アルミ軽金属みらい財団)、公益財団法人豊田理化学研究所ライジングフェローの支援を受けて実施されました。
【用語説明】
注1. 正極材料:電池の正極を構成する材料で、放電時に外部回路から電子を受け取り、電解質中のイオン(Mg イオンや Ca イオン)を取り込む役割を担う。
【論文情報】
タイトル: Ultra-Low-Strain Calcium and Magnesium Ion Storage Enabled by
Tunnel-Structured MoO3 Positive Electrode
著者: Reona Iimura*, M. D. Hashan C. Peiris, Takashi Yabu, Toshihiko Mandai,
Ruijie Zhu, Akira Nasu, Saneyuki Ohno, Masaki Matsui, Itaru Honma, Manuel
Smeu, Hiroaki Kobayashi*
*責任著者: 東北大学多元物質科学研究所 博士課程学生 飯村玲於奈
北海道大学大学院理学研究院 准教授 小林弘明
掲載誌: Advanced Energy Materials
DOI: 10.1002/aenm.71006
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